
日露戦争前後、全国的に生徒の気風が乱れ、頽廃的傾向を生み出しつつあり、本校も例外ではありえなかった。このような頽廃的風潮を刷新するために、明治39年の開校記念日に「自重献身」の校訓が制定された。
この「献身自重」のモットーは、当時の川田校長の発案で、種々討論の結果作成された。川田校長によれば、「献身」とは自己否定を意味し、これこそ善の最大なるもので、これなしでは人格の完成は不可能であり、また「自重」とは「献身」と矛盾するものではなく、良心の命令に従って私利私欲を滅し、人格を完成することがもっとも自己を尊重するもので、これこそが本来の自重というのである。自己否定の献身の精神は、人格完成の唯一の途であり、自己を最も尊重することになるというのである。

昭和初期、社会の行き詰まりのなか満州事変が勃発し、日本は軍国主義に傾倒して行った。政府は非常時を強調し、国民精神作興の運動が盛んに行われた。しかし反面、人々にはやり切れない思いの中、頽廃的な傾向が見られた。しかしながら、本校においては当時の小平校長は創立40周年の昭和7年、「自発能動」を発表され、あくまで生徒の自主性を尊重し、これを涵養することを念願し、単に権力に追随するすることはなかった。小平校長の教育方針は、この「自発能動」のもと、常に教育の独自性、教権の確立を信条とされ、確固不動のものであったからこそ、時代の激動の中でも、生徒はひたすら本分に励むことができた。

第9代校長:小平高明先生
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